2008年11月04日

ニューヨークのカウンセリング料金事情

JALがやっているAgoraという雑誌の11月号に面白いコラムがありました。
富と名誉を手に入れても、という眞田陽子さんのニューヨーク便りのコラムです。
概要は、「NYの教養ある人々にとって、かかりつけのセラピストを持つことは歯医者に通うのと同じくらい珍しいことではない。仕事のストレスからくる鬱病を予防したりと理由は様々。平均的な料金は1時間100−200ドル。健康保険を利用できるケースもある。ところが、メガリッチを専門に見るセラピストが存在する。政財界のリーダー格の人物から、不動産王、ヘッジファンドの経営者、芸能界の重鎮などを患者に持つ。某氏は45分のセラピーに600ドルを請求する。ほとんどの患者が週2回会うという(月々50万円を超えるセラピーとなる)。その悩みの内容は、しょせん同じ人間。精神的なジレンマからは逃れられない。彼らも、躁鬱症、過度の不安障害、両極性気分障害、各種の中毒症、結婚生活の危機などで悩む・・・」これを読んで私が思ったことは
・歯医者と同じくらい、ということは人生で数回誰でも一定期間かかる、ということで、私が思っていたよりもポピュラーであるということ(国の施策で全高校にカウンセラーを配置したことでカウンセリングが当たり前という社会になっているのかも知れませんね)
・料金の通常向けは1−2万/回も私が把握している金額と同等なので確認数値になったこと。
・メガリッチ向け600ドル/回を週2回、というのは、単価は安いが回数は多いかな、という印象。小説や映画の裕福層のコメントはもう少し高い。

しかし、日本ではカウンセリングやサイコセラピーにかかっている、というと「病人」「弱者」とみられ、隠そうとするし、相談しようとしないが、アメリカのハイパフォーマーの意識はこうも違うか、ということ。
今日、川上真史氏の「自分を変える鍵はどこにあるか」を読んでいて、「誰かに援助を求める」という行為は、そのまま放置して解決しないよりも、ずっと達成行動レベルが高い、ということに気づかされた。ある意味、自発的にキャリアカウンセリングに来る、というのは、達成行動のひとつなのだ、ということである。
アメリカでは「教養ある人」〜「メガリッチ」まで、コストを払ってでも相談に行くのに、日本ではなぜそういう行動が少ないのか?
逆に言うと、何を変えればキャリアカウンセリング・キャリアコンサルティングが、アメリカ並みにメジャー(普通)になるか、である。

日本の「病人」「弱者」とみられるのでは、という印象を、「達成動機が高い人は相談に行っている」「むしろ相談に行く人は合理的なハイパフォーマーの候補者」という見え方に変える、ということではないか?
その為には、
1)キャリアカウンセラー自身が、クライアントの「課題解決」や「行動変容」「認知変容」「感情変容」を実現できるだけの能力を持つこと
2)弱者支援だけでなく、社会的勝ち組と見られている層の心理的葛藤によるパフォーマンスの陰りを改善することも積極的に取り組むこと(更に、予防として有効と認められれば望ましい)
ということではないだろうか?
posted by キャリア研修センター浦安 by田中春秋 at 20:26| Comment(1) | TrackBack(0) | 個人:サービス会社・カウンセラー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
名古屋で昨年受講したものです。その節は楽しい講座ありがとうございました。無事ホルダーにまでは到達しました。
さて、トップマネジメントに対するキャリアカウンセリングというのは、まったく予想もしていない視点でした。どうもキャリアカウンセリングというものが弱者支援的なイメージが強く(厚労省あたりの宣伝にのっかっています)、彼らがどう料金を払ってカウンセリングを受けられるものか、ジレンマを感じていたのですが、確かに、それはそれとしても、トップマネジメントの方々のニーズというのは着実に感じられますね。コーチングとの役割の違いがまだ自分のなかでは整理できないのですが。悩みとか弱みを自分で処理できるのが「正常」で「大人」だととらえがちな日本人としては、まだまだ敷居は高そうです。けれども、中小企業の経営者があやしげな占い師にはまる姿よりは、よほど健全だとも思えますので、少し考えてみたいテーマですね。
Posted by 柴田朋子 at 2008年11月20日 15:45
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